第二十章 調整者の苦悩

3/21
前へ
/844ページ
次へ
朝ご飯でも食べて行かないかいと誘うと、彼女は言葉少なに同意して後をついてくる。 汲んだバケツも運んでくれるし、とてもいい子だ。 「お二人さんも一緒にどうぞ。」 家に着いて、扉を開けたまま外へ呼びかける。 戸惑ったような声が聞こえたけど、大人しく物陰から出てきたみたいだね。 早朝でよかったよ。親切なご近所さんに何事かと思われてしまうからね。 なぁに、老人だと思って侮っちゃいけないよ。 見えない分、他の感覚が研ぎ澄まされるからね。 さて、そこで何か事情を聞いた訳じゃない。 ただ、ルーと名乗った子はわざわざ治療のお礼を言いに来ただけではないように思えた。 側にいる2人の発する雰囲気からしても三人とも普通の町民という感じは一切しないし。 行くところに困っているならここに居てもいいと話したらしばらく悩んだ様子だったけど 「少しの間お世話になります。」 と金貨を渡してきた。 受け取らなかったけどね、この年になったらそんな大金持っていても落ち着かないだけさ。 ただで居座りたくないなら手伝いをしてくれる方がありがたい。 そう言うと手伝いどころかこのボロ屋の修繕から食事、洗濯、掃除手際よく三人でこなしてくれて私は薬作りに専念できて大助かりの毎日になった。 ルーと彼女の愛馬はこの家と納屋で寝泊まりするけれど、ジョンとケンはどこか別の場所で寝泊まりしているらしい。 「狭いけどここに泊まっていいんだよ。」 と言ってみたけれどルーはそれが嫌みたいで中々事情は複雑だね。 まぁ、若いもんには色々あるでしょう。 今までも変わった人間関係など山ほど見てきたからね、自分たちの好きなようにしたらいいさ。 基本的にジョンとケンはルーの言うことに従っているからどこぞのお嬢様と従者なのかと思ったけど、お嬢様にしてはルーは料理も洗濯も畑仕事もこなすし、二人はそんな彼女の姿に驚いているようだったから深い知り合いではないのかもしれない。 とにかく働き者の若者が三人も来てくれたおかげで我が家は見違えて綺麗になったし、途絶えがちだった患者も急に増えた。 まぁ、これはルー目当ての若いのがたくさんいたせいもある。 苦い薬を飲ませると皆んな気軽に立ち寄らなくなったがね。 ルーは近ごろ治療や薬作りも積極的に手伝ってくれてご近所さんたちにはすっかり弟子をとったと思われている。 本人も弟子と言われて否定していないからそういうことにしておくのがいいかもしれないね。 ジョンとケンはこんなに毎日通ってあれこれしてくれているのにあまり周囲に認識されていないみたいで、こちらもそれが都合が良いようだからまぁ、放っておきましょう。 降ってわいた幸運のような賑やかな毎日に、これだけ長く生きても人生何があるか分からないもんだとすりこぎを回しながら私は一人で笑ってしまったよ。
/844ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4125人が本棚に入れています
本棚に追加