第二十章 調整者の苦悩

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大事な日に限ってうまくいかないことってあると思う。 この日がまさにそうだった。 閉めようとした診療所に急患が来てしまい追い返すわけにもいかず。 慣れない手付きながらも処置を施しホッと息をついた瞬間、なぜ先生がいないのかと散々罵倒されて嫌な気持ちになった。 患者と付き添いを見送り、ようやく診療所を閉めてジョンが探しに行っている馬車に乗る準備をと荷物をまとめていた時、今度は信じられないような訪問者が診療所の扉の前に現れた。 麦の穂のような優しい色の髪に埃の付いたグリーンのマント。フードを深く被り細くて軽そうな杖を握りしめた青年。 ラグスト王国で私の大事な相棒の世話をしていた盲目の馬丁だ。 まさかクロード様に全てが露見して、彼を送り込んだのだろうか… そう思って身構え、黙って見つめ合った私たちを通行人が不思議そうに眺めながらすれ違っていく。 言葉は交わさなくてもすぐに彼の思考から事情を確認できた。 城の仕事を自ら辞した後に私と愛馬グエンの姿を探してさまよい、ジョナスたちの導きでここにたどり着いたこと。 クロード様は闇の国へ降ったらしいエルディアの動向を探るのに忙しく、あまりこちらに注意を向けていないらしいこと。 そして、できれば自分をここに置いて欲しいこと。 これはきちんと口から言葉で頼んできた。 馬車を調達しに行っていたジョンが戻って私たちを見つけると、肩をすくめながら彼と私二人ともを乗せ王宮へと走らせ始めた。 話し合いは中でしろということらしい。 「ばかね。せっかく自由の身になったのに。 なんで私を探しに来るの? 城を出たって、あなたの腕前なら村や町でだって引く手あまたでしょうに。」 「グエンと会いたかったので、もちろんあなたにもルタ様。」 「ここは城ではないの。私はルーだから。 敬語もいらない。もうルタ様に戻ることもないかもしれない。あなたが連れ戻しに来たんじゃないかぎりね。」 「先ほどお伝えした通りクロード様は今は他のことに気を取られていらっしゃいます。 もちろん他の誰の差し金でもありません。 ただ僕がお会いしたかったから、こうしてここまで来ました。 ルタ様が…ルーが城に戻らないのならば僕も戻ることはありません。」 それきり彼は黙って静かに横に座っている。 不思議なことに、私も何か話さなければという気持ちにはならなかった。 今は彼に気を取られてる場合ではないし。 ジョンも向かい側で静かにしている。 そうして真剣な気持ちで王宮に入ろうとしたのに、今度は兵士たちに止められる。 いつも先生と一緒に来ているのに、今日はジョンと私そして旅装束の汚れた平民が1人。 すんなり通してくれるわけがない。 ジョンは王宮に着いてくることは滅多になかったし、王宮内でいつも目立たないように行動していたからフレッシャー王国の騎士である事は知られていないようだ。 頑なに中へ入れようとしない兵士たちと揉めていると思わぬ人物が現れた。 デウスとかいう元老の1人だ。 突如現れた格上の上司に兵士たちは慌てふためきながらすぐに私たちを門の中へ通してくれた。 「あなたにひっかかれた傷跡はなかなか治らなくて難儀しました。 しかし、その後あなたが受けた傷も治るのにはかなりかかったんじゃないですか? まぁ痛み分けということで、今は陛下のために少しでも力を貸してくれる人間欲しい。 陛下はあなた疑わなくて良いとおっしゃっていました。 だから私も信じましょう。」 そう言いながらもその目の光は鋭くこちらの出方をうかがっているようだった。
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