第二十章 調整者の苦悩

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あれほど啖呵を切ったけれど、少しも不安がないと言えば嘘になる。 本当は一か八かだ、だってライティスの候補者の力がどれほどのものかなんて分からないし。 でも、浴槽に浸かってすぐさま鬱陶しいくらいにかかっていたアンファスの魔法がとけていき、ジワジワと体内にいる子の力の暴走も弱まっていく。 そうしてようやく通常の分娩が始まった。 先生とアンファスが声をかける中、先ほどまでとは打って変わってお産は順調に進み、程なくして豊かな白髪の赤ん坊が生まれ出た。 水中から取り上げたのは宮廷医で、水から上げられた途端に眩しい光が赤ん坊から放たれ激しい産声があがる。 室内にワッと歓喜の声が上がるけれど、 「まだよ、もう一人いる。」 私の声に医師たち以外が戸惑った表情をする。 驚いたのはアンファスも知らなかったようで驚愕の表情を浮かべていることだ。 一人目よりも二人目の方が弱っているのでは… こちらの方が聞こえてくる声も小さいし初めから不安があった。 でも、何よりもあの兄弟と一緒にいたのだ。 女王の体力が持てばきっと… 私の心配をよそにミリア女王はどこにそんな体力があるのか、汗と水でぐちゃぐちゃになりながらも奮闘し続け、見事に無事二人目の赤ん坊を産み落とした。 水中から取り上げられたその子は産声を上げなかった。部屋に緊張が走る。 ミリア女王が生まれたばかりのその子を奪い取るような勢いで抱き抱える。 「大丈夫だ、きちんと鼓動が聞こえる。」 宮廷医が慌てて彼女から赤ん坊を抱きとった瞬間、元気な産声が部屋に響き渡り、周囲から、おぉっ、と声が上がる。 二人目の子はリドではない。しかし、その頭にはやはり豊かな白髪がペッタリと張り付いている。 「お二人とも元気な王子殿下であらせられます。」 重々しい口調で貴族女性の一人が発表し、扉の外でハラハラと見守っていた人々から歓声が上がる。 浴槽から移され医師より早く治癒魔法を施し始めたアンファスがハラハラ見守る中、疲れ切ってボロボロであろう女王がニッと微笑んだ。 「やり遂げると約束しただろう。ファス。」 彼女の言葉にアンファスは人目もはばからずにボロボロ涙をこぼし始めた。 「ありがとう、ありがとうミリア。生きていてくれて。あの子達を生み出してくれて。」 周りの者も多くが涙ぐんでいる。 宮廷医がうやうやしく二人の小さな赤ん坊を二人の元へ運ぶ。 「予定日より早く小さなお身体で生まれていらっしゃるのに驚くほどしっかりと成長なさっています。まさに奇跡としか言いようがありません。」 ミリア女王とアンファスは目を輝かせて我が子を見つめている。 「当然だわ、光の使い手が自分にも弟にも護りをかけているんだもの。 体内にいる時からあんなに力が使えるなんて空恐ろしい。」 小さく呟いた声は多分誰にも聞こえていないだろう。 ミリア女王も双子を、しかもあれほどの力を持つリドを一人産み落とした割には酷い衰弱は見られない。 何だか急に力が抜けてさっさと家に帰りたくなった。 家… 呆然と荷物をまとめていると先生がゆっくり近づいてきた。ポンポンっと肩を撫でられる。 「帰ろうルー、我々はお役御免だ。本当によくやってくれたよ。ありがとう、ルー。 アンタがいなかったらこんな風に笑顔に満ちていなかっただろう。」 言われて初めて周りの人間が皆泣き笑いになっていることに気づいた。 デウス元老やロアンが女王に近づいていく。 「今度は双子は縁起が悪いなんて言い出さないだろうなデウス?」 揶揄うような女王の言葉にあの威厳に満ちた元老が薄く涙ぐみながら笑い声を上げている。 「とんでもございません。陛下。よくぞご無事で、本当にお疲れ様でございました。」 「アンファス、よく見せて。あぁ、こんなに力に満ちたライティス王の候補者は初めてだ。僕の力を注ぐ必要なんて一切ないね。」 「ニヤつき顔、我らの子に近づくでない。」 まるでおとぎ話の大団円みたいな様子にため息が出そうになる。 皆に望まれて無事を喜ばれて… 羨ましい… そんなくだらない感情が浮かび上がりかけて私は頭を振って立ち上がる。 後片付けは王宮の人間がやるだろう。 女王や赤ん坊たちの診察に私たちが関わらせてもらえるかは分からないけど、先生はともかく、私はもう王宮に足を踏み入れるつもりなんて一切ない。 歓喜に震える部屋からそっと抜け出し、先生とゆっくり城門へ向かう。 途中からケンとジョン、それに愛馬を連れた馬丁が合流する。 城が用意した馬車に先生たちと乗り、馬丁と愛馬が後ろから付いてくる。 先生に彼のことを何と説明しよう… そんなことを考えているうちに瞼が重くなってあっという間に眠りについていた。
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