第二十章 調整者の苦悩

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町のざわめきで目を覚ました時には翌日になっていて、国中がお祭り騒ぎなのではと思うような大騒ぎになっていた。 興奮したような明るい声が響く中、私は頭から分厚い泥を被ったように体が重く熱がこもったような不快な気分だった。 先生は当然のように私の体調に気づいていて、身体を拭くようミントを浮かべたお湯と布を用意してくれていた。 「ルー、早く伝えた方がいいから言っておくよ。」 体をふいてさっぱりした私に先生は暖かいハーブティーを差し出す。 「元老院からの勅命で迎えが来ているんだよ。準備ができ次第王宮に参上するようにってね。 ルーは身重だし私だけが行くと話したんだが聞き入れてくれなくてね、いくらでも待つっていうから待たせてるんさ。」 ようやく通ってきた血の気が再びサッと引くのがわかる。 「まあ婆の勘では悪い話じゃなさそうさね。捕まえて牢屋行きはないと思う。 ただルーを巻き込んだんは私だからね、このまま姿をくらませてもいいんだよ。 あんたならそのくらいお手の物なんだろう?」 先生は私の手に小さな包みを渡してきた。 着替えに食料、治療道具に巾着にはお金まで入れてある。 「ルー、あんたが来てくれてから私は毎日楽しくて幸せだったよ。 診療所もすっかり閑散としてたんがまたにぎわうようになってね。 後はお迎えを待つばかりだった私の身にこんな幸福が舞い降りていいんだろうかと毎日思ってたさ。 だからこそ、あんたには幸せになってほしい。」 ギュッと握ってくれた手は暖かく優しさに満ちている。 その暖かさに励まされたかのように私は首を横に振っていた。 「ここにいさせてもらって、治療の知識を教えてもらって、私のほうが先生に助けられてばかりなんです。 だから、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません。 一緒に王宮へ行きます。」 その声が聞こえていたかのようにケンとジョンが顔をのぞかせる。 「俺らも行くよ。王宮にはロアン様もいらっしゃるし。」 「彼はどうする、同行させるか?」 彼らの視線の先、窓から見える馬小屋には愛馬のグレタと馬丁がいる。 声が聞こえるわけがないのに彼が顔を上げてこちらを見る。 「いいえ。」 その顔を見つめ返しながら私はきっぱりと答える。 彼まで巻き込むわけにはいかない。 先生は何故か私の顔をじっと見つめながらほほっと笑い声をあげた。
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