第二十章 調整者の苦悩

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「ルー、あんたの大事な人が来てくれて良かったね。 初めは、ケンかジョンがそうなのかと思っとったけど。」 先生の言葉に私は思いっきり顔をしかめる。 「まさか、あんな二人で一つみたいなベタベタな恋人同士に割って入るわけないです。」 「なっ、ベタベタなんてしてねぇし。」 「してるわよ、うっとうしい。」 先生は私たちのやりとりをニコニコ眺めている。 「いやぁ、ジョンは最近ルーにいやに甲斐甲斐しかったからね。 いつもおとなしいケンがやきもちを焼いていたくらいだ。」 「ちがっ!それはルーが妊婦のくせに無茶ばっかりするからで… 新しい命を、新しい人間を腹ん中で育ててるって、すげぇことじゃん。 それで命を落とす女性だっていっぱいいる。 俺の…母親みたいに…」 ジョンの声はだんだん小さくなって、先生は彼に近寄ってその肩をポンポンと叩く。 「からかって悪かったよジョン。 あんたは本当に優しい子だね。」 ジョンは照れた様子で部屋を飛び出して行く。 「それに先生、彼も、あの馬丁も別に違いますからね。 私は彼の名前すら知らないんですから。」 私の言葉に先生はまた声を出して笑った。 「ルー、あんた私の名前を知ってるかい?」 ぎくっとして、思わず後ずさる。 「私の思い上がりかもしれんが、あんたは大事に思った相手ほど名前を聞かんようにしてるんじゃないかい? 何か魔法と関係があるんか知らんが」 本当になんて感の鋭い人だろう。 先生の目は白く濁っているのにその奥から鋭い視線を感じる。 「私が名前を知るとそのことがある人に伝わってしまうんです。」 諦めて小さく呟く。 「それは、ルーが逃げてきた相手かね?」 黙って頷くと先生は私をギュッと抱きしめてくれた。 「たくさん辛い思いをしたんだね、ルー。 できれば私の名前を教えてそいつに説教してやりたいが。」 驚いて慌てて先生の腕の中から離れる。 「やめてください。」 両手で耳も塞ぐ。先生は笑いながら私の頭を優しく撫でた。 「大丈夫だよ、ルーの努力を無駄にしたりはしないさ。」 そうしてケンを連れて部屋を出ていく。 扉の向こうから知らない声が聞こえてくるのが王宮から来た使者のものだろう。 私は窓を開けて馬丁に呼びかける。 彼はすぐさま窓の下に来た。 先生はさっそく彼を受け入れて部屋も与えてくれたらしい。 その事でひどく安心している自分がいた。 「私たちちょっと出かけなきゃいけないの。留守番よろしくね。」 「お戻りはいつごろですか?」 少し不安そうになった顔は見覚えがある。 いつも仕事で出かける時にこの顔をしていた。 「すぐ戻るわ。」 そう、絶対にまたここへ戻ってきてみせる。 先生が渡してくれた包みを持ったまま、硬い決心と共に私は部屋を出た。
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