第二十章 調整者の苦悩

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硬い決意を胸に刻んで、勇んで王宮へやってきた私たちは華やかで豪華な部屋に通され高級なお菓子と紅茶でもてなされている。 この状況に私と先生よりもジョンの方がそわそわしているようだ。 私たち以外には王宮の使用人しかいない状況下で遠慮なく飲み物をいただきひと息ついていると複数の人間が近づいてくる気配を感じる。 先生がおもむろにスッと椅子から立ち上がったのにならい私たちも椅子の横に並ぶ。 軽いノックに続いて王宮の医官たちと元老たち、出産に立ち会っていた貴族の女性が何名かとロアン・ディール、アンファス・ドリューがぞろぞろと入ってきた。 ロアン・ディールの仕業だろうが、彼らの思考が全く聞こえない。 シンとした室内で長方形の卓にずらりと並んだ彼らと向かい合う私たち。裁判でも始まるのかと思うような威圧感だ。 デウスの声掛けで全員が席に着き、1人立っている彼が私たちに向かって頭を下げる。 「昨日は大変な働きぶり、どれほど感謝を伝えても足りない。幸いなことにミリア女王陛下の体調も安定している。もちろん、しばらくは療養していただくが、我々が危惧していたような最悪の状況は免れた。 王国を代表して、心から礼を申し上げる。」 着席していた他の者たちも全員立ち上がり彼にならうように頭を下げた。 私は内心慌てていたけれど、先生はこんな時も落ち着いていてゆっくり立ち上がりトンっと杖をつく。 「ミリア女王陛下はこの王国の太陽とも言えるお方。 この身にできる限りを尽くすのは当然でございます。」 そうして深々と頭を下げた後、まっすぐ彼ら一人一人を見つめる。 「私は王国の民として当然のことをしたまで、しかし私以上に力を発揮してくれたのは彼女です。」 ポンっと肩に置かれた手から先生の熱とわずかな震えが伝わってくる。 「荒療治になってしまった点もありますが、一刻を争っていたあの場では致し方ないこととお考えいただきたいのです。」 あぁ、先生は分かってたんだ。 感謝を伝えながらも彼らの目にはその色がないことを… そして特に私に向けられている値踏みするような眼差しを。 「先生、スッゲェりゅうちょうに喋るじゃん。」 この場にぞぐわない馬鹿のつぶやきが私の耳にも届く。すぐさまケンが太ももをつねって黙らせているけれど、こんなところでもイチャイチャしないで欲しい。まったく。 「もちろん彼女にもとても感謝している。 ただ、その立場がとても危ういものだということも事実だ。 あなたは彼女の正体をご存知なのだろうか治療師どの? 彼女が宿している子の父親のことも?」 先生は一瞬黙り込んだ。これ以上巻き込む訳にはいかない。 そう思って立ち上がったけれど、先生は私を背後に隠すように立ちはだかった。 「彼女はルー。私の大切な弟子で、心優しい女の子。 子供の父親のことは知りゃせんが半分は彼女の血を受け継いでいる。私にとってはそれで充分。」 ドンっと杖の音を響かせてから先生は頭を下げた。 「咎は全て私が受けます。」 私は慌てて先生の肩にすがっていた。 「やめてください先生。私は大丈夫ですから!」 そうだ。こんな奴らに負ける私ではない。 真っ直ぐにデウスを見つめると、彼は冷たい眼差しでこちらを見ている。 「君はラグスト王国のルタ、そしてその腹に宿しているのはラグスト王国の参謀官クロード殿の子。間違いないか?」 「間違いありません。」 分かりきったことをわざわざと。嫌味な男だ。 思考が読み取れない苛立ちもあって挑発するような声が出てしまった。 「そうか、ならばやはり。 そなたには死んでもらう。」 先生の肩がビクッと震えた。
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