壁が見た風景

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 若い男が一人、我が輩の前で立ち止まった。  その日は夏の終わり頃だったか。人工の灯に虫がやたらたかっていたのは覚えている。  その男はドクロを施したティーシャツに不自然な程ずり下げたジーパンを履き、赤いつばつきの帽子を前後逆さに被っていた。耳にピアスをはめており、帽子と額の隙間から覗いている短い髪は金色に染め上げられていた。  今時の田舎の若者と言えば別に珍しくもない格好だったが、ただ街灯に反射したその童の瞳がひどく澄んでいたのだけは良く覚えている。  その童が背負っていた袋から幾つものスプレー缶を取り出したかと思うと、我が輩に向けて突然それを噴射した。
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