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我が輩にとっての世界はその日から一変した。
常に見るだけの対象であったこの世界は逆に見られる側に変貌してしまったのである。だが、さらに変わってしまったことがもう一つ……。
小さな店のシャッターが下ろされる。帰り道を急ぐ人達も少なくなり、晃晃と明滅する星達が空を賑やかし始める。絵画店からシャッターを引っ掛ける棒を杖がわりに老主人がひょっこりと顔を出した。すっかり白くなっているが、その髪は抜け落ちることも無く、さらさらと通りを抜けていく風に靡いていた。額にはその人物の人生を物語るように起伏の激しい皺が刻まれ、黒縁の丸眼鏡をかけている。いかにも人の良さそうに垂れ下がった、白く染まった眉毛がその老人の内面を表していた。
その老爺はゆっくりと、しかししっかりとした足取りで店の表まで出ると、曲がった腰を懸命に伸ばして杖代わりの棒をシャッターの溝に引っ掛け、そのまま下に降ろした。ガラガラと美しい絵画達が崩れるような音を立てて、無機質な金属性の防護扉が芸術の世界とこの通りを隔てた。店の主は棒をそのまま杖代わりにしてビルと店の間の闇に溶け込んでいった。
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