壁が見た風景

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 ゴッホやピカソといった名だたる名画と入れ替わるようにして、それはその姿を新月の夜に現した。  うねるように、ちょうど風船を膨らましたそれの如く歪な赤や紫で着色された文字が向かいのシャッターに書かれていた。  それが書かれたのは我が輩に絵が描かれてからそれ程間は空いていない。そう、赤い紅葉がヒラヒラと舞っていた頃だったか。月夜に映える、真紅の絨毯を彷彿とさせるように紅葉が敷き詰められた道。それを前に物思いに耽っていると、ほんの少しの間にあの童のような三人組の男共があっという間に仕上げてしまった。  ただこの壁に描かれているものと違うのは、それは殆どの者に注視されることなく素通りされることである。  皮肉なものである。絵画店のシャッターが芸術という名の下に蹂躙されるのだから。それはとても絵画などと呼べるような代物ではなかった。差し詰め竜に成りそこねた鯉といったところか。いや、滝を登ろうとしたのかさえ甚だ怪しい。  会社帰りのくたびれたサラリーマンが欠伸をしながら店の前を横切った。  WHAT IS THE ARTの文字がゆらりと滲んだような気がした。
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