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「いらっしゃい」
少し古風なキセルをふかせて、彼女は全身を包み込むような漆黒のドレスを靡かせた。
頭の上には鍔の大きいトンガリ帽子。そしてその血のように紅い瞳が少年を映し出す。
「どうしたの? 入らないの?」
悪戯っぽく彼女が笑う。比喩するならそう、現代に蘇った魔女といったところだろう。空坂歩は勝手にそんな風に解釈していた。
「……貴女がご主人ですか?」
「そうよ。黒乃闇恵。この世界ではそう呼ばれているわ」
ニッコリと笑って、闇恵は白地の絹のような綺麗な手を差し出してきた。明らかに偽名だろうと思うも、歩はそれに応じる。ヒタッと冷たい感触が掌に伝わった。
「それで? 歩君、こんな古臭い洋館に何のご用?」
建物自体が、レンガ造りで、全体に絡む蔦が青々と茂っている。広すぎる敷地も印象的で、玄関とおぼしき場所までひたすら石畳の敷かれた道が伸びていた。
闇恵は白煙を吐き出すと、その深紅の瞳で歩の顔を覗き見る。まるで客を値踏みする娼婦のように。
綺麗な顔立ちの、美しい女性に迫られて、歩の表情が硬くなる。赤面し、思わず彼女から目をそらした。
「あ、あの、なんで僕の名前を?」
半歩退き、歩が怪訝な眼で闇恵を見つめる。そんな歩の行動を見て、闇恵は少しの間黙考し、何かを思い立ったのかクスリと微かな笑みを溢した。
「物事の本質。世界に偏在するもの全てにはこれが存在するの。これは絶対の真理。私にはね、そういったものを見抜く、人とは少し違った能力があるの。ただ、それだけ」
それだけ言うと、彼女はドレスを靡かせ、翻す。厳格な様式の門を再度くぐり、本館に向かう石畳を踏みつける。コツっと乾いた音が歩の耳に届いてきた。
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