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その後、こちらに走ってきた彼女に体を抱きしめられた。
きつくきつく、決して離さないように。
汗と泥でぐちゃぐちゃになった孝二の母親。その両の目から溢れてきたのは、夕日を浴びてきらきらときらめく――涙。
「ごめんなさい……」
うわ言のようにそう繰り返す。うつむくその顔からこぼれた涙が、俺の顔を濡らしていく。
熱い熱いその涙。
それは、生きている証。
誰にも否定できない、ここにいるという証。
そしてその夕日の結晶のような涙を顔で受けながら、きっとこれなら大丈夫。
そう思った。それと同時、突然白い光が俺の視界を埋め尽くし、全ての音が遠ざかっていった。
――気が付くと、俺は元の体に戻っていた。
場所は、全てが始まった公園。
「どうだった?」
そう問いかけてきたのはあの老人だ。
「おぬしに欠けているものは見つかったか?」
俺はしばらくじっと老人を見ていたが……
「わかんね」
そう言って立ち上がると肩をすくめる。
正直あんな体験をしても、どうしていいかわからねえ。
ただ……
「ただ、これから恥ずかしくて街を歩けない、か。確かにその通りじゃ」
「ちげーよ!! てか、人の心まで読めるのかよっ」
たく、恐ろしいジジイだ。もう二度と会いたくねえ。
ポケットに手を突っ込んだまま公園を出て行こうとしたが、気紛れに老人のほうを振り向く。
老人は首をかしげこちらを見る。
「なんじゃ?」
「いい忘れた。ただな……別れた彼女に、思いっきりビンタを食らいたくなった」
その言葉に老人は目を見開き、さもおかしそうに破顔一笑した。
かか。と笑う老人を残し、俺は歩きながら携帯を取り出す。アキホと言う名前を探しながら、あの子供――孝二の未来に少しだけ想いをはせる。
あいつはいったい、どんな大人になるだろうか。
そう考えた自分に苦笑する。
……少なくとも、俺みたいな奴にはなるなよ。
「もしもし、あのな……」
そうして、そのまま薄暗い街中へと歩き出した。
END
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