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雨は厄介だ。
それは慌てふためく人を見て楽しむ妖精のように、気まぐれに降り注ぐ。
あらかじめ対策をしているのならまだいい。
けれど、そうでなかったのなら……
先ほどまで渇いてからからだったアスファルトは水で潤い、余剰な水は吸い込まれるように排水溝へと流れ込んでいく。
降り注いだ雨粒は地熱により気化し、むわっとした湿気を風に含ませる。
行き交う人々は我先にと逃げ出すように駆け足で行き過ぎる。
それはそうだ。誰も彼も、好き好んでずぶ濡れになんてなりたくはないのだから。
けれど、彼は違った。
頭上を降り注ぐ雨を気にすることなく、ゆったりとした足取りで街中を闊歩する。
フードの付いた灰色の半そでシャツに、擦り切れた青いジーンズ。
その顔は張り付いた髪の毛に覆われ、年齢を判別するのは難しい。
それより、彼を見た人は顔よりもまず、その耳に注意が向くことだろう。そう、その左耳を飾る銀色の鈴のようなイヤリングに。
「おい、傘差さないのか?」
不意に響いたその声。
それは、少し甲高い女性のものだ。
彼の側にはもう人の姿はない。
だが、驚いた風でもなく彼は答える。
「……もってない」
「そんなことは見りゃ分かるよ。買わないのかってきいてんの」
「……めんどくさい」
「あーはいはい。聞いたあたしが馬鹿だったよ」
「安心しろ。オマエが馬鹿だというのは、もうずっと前から知っている」
途端罵声を浴びせてくるその声から興味をなくし、彼は雨の町を歩き続ける。
――ちりん。
その耳に付いたイヤリングから、涼しげな音が鳴った。
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