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「絶対、帰って来てね。ずっとずっと、待ってるから」
「あや……ああ。絶対戻ってくる」
「ほんと? ぜったい、だよ」
「ああ」
大悟は髪留めを大事そうに握りこむと、何も言わずもう一度私を抱きしめた。
***
鳥の羽ばたく音にうつむいていた顔を起こす。
いつの間にかうとうとしていたようだ。
とても懐かしい夢を見た。
とても古い古い、色あせた若いころの思い出。
私が一番笑っていたあの頃。
任期は三年。
けれど、彼は三年たっても帰ってこなかった。
次の年も、
そのまた次の年も、
彼は帰ってこない。
何をしているのだろう。帰ったら言いたいことがたくさんあるのに。
庭では紫色に染まった紫陽花がゆれる、ゆれる。
さわさわと。
次の年も、
次の年も次の年も次の年も彼は帰ってこなかった。
彼は死んだ。両親はそう言って縁談を薦めてきた。
けれど、私はその全てを辞退した。
「彼は絶対帰ってくる。そう約束したもの」
私がそう言って微笑むと、両親は嗚咽をかみ殺し、もうそのことに関しては何も言わなくなった。
庭の紫陽花は、いつのまにか咲かなくなっていた。
けれど、
山が枯れ木色に染まり、雪が溶け、庭に緑が芽吹き始めると、またこの季節がやってくる。
それを何度も繰り返した。
そう、永遠に感じるほどに。
あの日から私の時は止まったままだ。彼が私を迎えに来るまで。
ずっと、
ずっと。
その時、だった。
突如、強い風が吹き、私は思わず目を閉じた。
ごうごうと音を立てるそれが通過した時、私は絶句した。
荒れ放題だった庭に、一面の紫陽花が咲いていた。
まるで、あの日のように。
淡い桜色の洪水。
その真ん中に、ぽつんと立つ人影。
その顔を私が見間違えるはずがない。
「あ……ああ」
その人影は今の時代に似合わない、古い軍服に身を包んだ小柄な男。
私が立ち上がると、ぎこちなく笑った。
「遅くなってすまなかったな」
懐かしい、あの日と同じ彼の声に、私の頬をとめどなく涙が伝う。
笑顔で迎えるって、そう決めていたのに。
ほんとに、ずるい。
「……大遅刻。あやまったって許さないんだから」
私は震える声でそう言い、愛しい彼の腕の中へと飛び込んでいった。
モウ、ハナサナイカラ――
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