幻想夏談

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*** 彼はしばらく待つと、庭に足を踏み入れた。 いや、それはもう庭とは言えない様な悲惨な状態だ。 手入れをされていない庭の草木は無秩序に伸びて、家の中にまで入ろうとしている。 その家にしても障子は破け、瓦は割れ、立派だった面影はどこにもない。 当然だ。      ・・・・・・・・・ この家には誰も住んではいないのだから。 「……間に合ってよかったな」 「ああ」 この家は三日後に取り壊される予定だった。 そうすれば、老婆の魂は決して天に昇ることはできなかっただろう。 家の縁側に落ちている赤い髪留め。それには、無念の思いを抱いたまま死んでしまった男の想いが詰まっていた。 それを見つけるために、彼は相当な労力と時間を要した。 それを見ながらつぶやく。 「……なあ。待つって、待ち続けるのってどんな気持ちなのかな」 「どうしたんだ? いやにセンチメンタルじゃねえか」 「……お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」 そう吐き捨て、舌打ちする。 「まあ待てって。……そうだな。それは希望と同時に人を縛り付ける鎖なんじゃないかな。可能性。それはある意味とてもたちが悪いものなのかもな。 少なくとも、あたしは待つなんてごめんだね」 「そう、か……」 そう言って踵を返す。 だが、不意に思い出したように付け加えた。 「でもあのばあさん、すごく幸せそうだったな」 「……うん。そだな。泣いていたけど、笑ってた」
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