序幕 西園寺鏡華

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   有らん限りの高価なもので埋め尽くされた寝室。その中心で眠る年老いた一人の男。  開け放たれた窓から漏れる光は朝から昼へと流れる時間を淡々と告げる。僅かにカーテンが揺れるのは、外から吹く風がこの部屋に入り込んでいるからだろうか。  男は青ざめた顔のまま、荒々しくも弱い呼吸を繰り返す。毛布を掴む手は皺だらけで木の枝のように細い。生きたいと足掻いているのか、それとも苦しみから逃れるために死を望んでいるのか……それはわからない。  ベッドの傍らに質素な椅子を運んで座ると、黒髪の少女が男の手を掴んだ。いや彼女はもう少女という齢ではもうないだろう。長い髪が風に揺れて男の腕へと垂れた。  彼女が着るドレスまでも気品を放ち、二人がどんな暮らしをしているのか如実に物語る。 「鏡……華、すまない」  しわがれた声に昨日までの力強さはもうない。光が無いわけではないのに薄暗い部屋が男の先を表しているかのようだ。  絞り出された声が空気に溶けて消えていく。 「すま、ない……」  何度も繰り返される声に長年降り積もった心の雪が淡く水へと化していく。  それはとても今更で状況に流されているのではと少女は顔を苦痛に歪ませた。 「すまない……」  知らずの内に涙が溢れる。涙で歪む視界の先で男が微笑んでいるかのようだったから、彼女も微笑もうと努力しようとしていたがやはり上手く表情を変えられなかった。  
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