序幕 西園寺鏡華

3/9
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
  「君を買ってから十五年か。長いようで短かったなぁ……」  昔を振り返るかの如く、男はゆっくり話し始めた。少女はその言葉を聞き逃すまいと、涙を拭って男の手を握り返す。 「君には無理な生き方を強要してしまったが、私はどうしても娘が生きていると……思いたかったんだ」  その言葉に含まれる懺悔は本心からなのだろう。男はじんわりと涙を滲ませながら少女を見た。 「おとうさま……」  少女の口から漏れる声は少し低さを伴いながらも、笛が奏でる華やかさを帯びる。 「西園寺でいいよ、空樹くん。私にとって娘は見送るものじゃなく、この先で待っている存在なんだ」  男が少女の方へと顔を向けたがその力無い眼は少女を捕らえることなく、少女の先を見ていた。虚ろな瞳が見つめる先に、男のいう“娘”が立っているのだろう。 「あぁ、君はどうやって生きるの生きればいいのかなんて何も知らないのだろうね。私は君に人形であり続けることを望んだのだから」 「おとうさま……」 「私が亡き後の君を思うと、君にもっと自由を与えてあげれば良かったと思うよ」  男は小さく「残念だ」と呟いた。少女はその場に留めようと力強く男の手を握りしめるが、指の隙間から水が零れるかのように男の力が更に弱くなっていく。  
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!