序幕 西園寺鏡華

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  「おとうさま、おとうさま。鏡華は、たのしかったの。おとうさまがいなくなるのは、かなしい。おとうさま、鏡華を独りにしないで。鏡華は何もいらない。おとうさまといたいの」  少女の大きく丸い黒曜石はまっすぐに男を捕らえ、ここにいてほしいと訴える。震えた声が男に届くようにと、声を張り上げて首を振った。しかしかといって男の容態が良くなるわけでもなく、ただ自分の無力さに不甲斐なさを覚えるだけ。 「空樹くん、いいんだよ。そんな心にもないことを言ってくれなくても。長年の恨みがあるだろう? 憎まれ口を吐いてくれて構わない。私が死んだら、そんなことさえ言えなくなるのだから……」  徐々にか細くなっていく声。窓から入り込む風が強さを増し、男の魂をさらうかのようだ。少女はそれに嫌悪を抱いて窓を閉めに行こうとも考えたが、男の手を放せば男が何処かに行ってしまうのかもしれないと思い、放すことが出来なかった。 「あぁ、そうか。君は優しいんだなぁ……だからずっとこの屋敷から出ようとはしなかった。そうなんだろう?」  男はそう言って少女から手を放し、少女の頬を伝う涙を弱々しい手つきで拭う。  首を振る少女から涙が絶えることはない。  
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