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男が発した威圧感もすぐに消え去って、何事も無かったかのように笑顔で少女の頭を撫でる。
『……あ……え』
少女は男の名を呼ぼうとするが、どう呼べばいいのか惑って声が出なかった。下手な事を言えばまた恐ろしいことになるのではないかという考えが頭中を巡る。
『御父様と呼びなさい。鏡華……お前は私の娘なのだから』
『……はい。おとうさま』
懸命に粗相をしないようにと考えた結果の言葉は男の気に召したのだろう。男は嬉しそうに少女を抱きかかえた。
『鏡華。お洋服を買ってあげよう。うんと可愛い服をね』
少女は男を恐れながらも、小さく頷く。そうしなければまた怒られるような気がしたからだった。
“男の望む娘を演じること”が正解。それを誰に言われたわけでもなく、少女は本能で理解する。
『髪も伸ばそう。七歳になれば七五三だ。楽しみだねぇ? 鏡華』
『はい、おとうさま』
少女は男の肩越しに窓を見ていた。四角く区切られた空の中に舞うのは何処からか飛んできた淡い赤を帯びた花びら。
幼いながらも、もうその花びらを外で見ることは無いのだろうと思うのだった。
青い空は僅かに白い雲を擁し、翳りを見せる。太陽が放つ光が眩しくて仕方がない。少女は目を細めて密かに泣いた。
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