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「それと、昼間はここから出入りせんでくれ。周りの連中に見られたら、めんどうな事になるんでな。」
「あぁ、承知しとるよ。ゲシュタポなんかに嗅ぎ付けられると、皆殺しだからなぁ。」
ここウクライナに限らず、ナチスドイツの占領下の地域では、不審者が付近の住民に疑われ警察に通報されるのは当たり前であり、嫌疑など無くとも逮捕されたなら最後、拷問の末に死が待っているのだった。
その日の夜遅く、パン屋の裏口から武装親衛隊の軍服を着た三人のW機関員が、慎重に辺りを伺いながら出て行った。
彼らは、表通りに出るとヴィーンヌィツャの独逸占領軍司令部のある、ホテルへと向かった。
「止まれ!」
その途中、後ろから突然彼らを呼び止める声がした。
「身分証の提示を願います、中尉殿。」
「うむ、ご苦労。今夜はずいぶんと警戒が厳重だな、軍曹。」
「はぁ、一昨日から戒厳令なみの警備体制を取るよう命令が有りまして…。失礼いたしました、ミュラー中尉殿。これからどちらへ行かれるのですか?」
「この先の軍司令部から、出頭命令があってな。」
「そうでしたか。ならば次の警備兵に会ったなら、『先任軍曹のアドルフがよろしくと言っておったよ。』と言ってください。みんな最敬礼して、通してくれますから(笑)」
その軍曹は、元アインザッツグルッペン(移動虐殺隊)の一員だったのだ。
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