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嘘だろう、と咄嗟に目を瞑った。理由がない。原因が思い当たらない。
ぎゅううっと強くつむった両目を、そろりと開く。
わさりと風に揺れる木の葉。
喧騒とともに通りすぎる自動車。タクシー。初めてみるタクシー会社。
電線。小鳥。雀。
粉々の眼鏡。フレームは黒。
もう笑うしかない。
「ええ、えー…」
重たい体をむち打ち、壁を支えにして無理に立ち上がる。
とりあえず学校にはいかねばならない。連絡もなしに一晩帰らなかったかもしれない現状は素行的に少々不味いが、幸い独り暮らしであるため、そんなことをわざわざ誰にも言わなければ誰も知らない。
粉々になった眼鏡より遠いところに落ちていた鞄を抱えあげて、あちこち痛む体でふらふらと学校へ向かう。
(わけ、わかんねえ)
そういえば。
俺、なんであんな所で寝てたんだ?
昨日の記憶を手繰る。
朝。家。学校。
なにもなく平凡。体育でつき指。
昼は購買でパンを買った。午後。普通に授業。放課後。帰宅部のエースは帰路についていた。いつもの道。路地裏。
そこで、――
――そこで?
記憶はそこで途絶えていた。
「…っあー」
わしゃり、と頭を掻く。痛い。何だこの頭痛は。
ひたすらに髪をわしゃわしゃと乱す。
(いて、え。…畜生)
がつんがつん、とまるで何かが内側から自分の頭を叩いているようだ。訳がわからない。何だ、これは。
終いには頭がくらくらしてきた。
やばい、意識が。…倒れる、
「赤沼?」
誰かが呼ぶ声で。
意識が。
引き戻され、
「どうしたよ」
倒れかけた体を支えられ、ベンチに横たえられた。
「………う、あ?青柳か?」
「そうだよ。なに?具合悪い?」
「……あたま、いてぇ…」
「保健室」
「いく…」
「了解したよ」
先ほど横たえられたばかりだというのに、いきなりぐい、と腕を引かれた。
「ほらよ」
「…わりい…」
「いいよ。おれ、おせっかいだしよ」
言われるままに青柳の背中に体を預ける。
十七にもなって男におんぶされるなんて、屈辱だらけで屈辱まみれで屈辱ばかりだけれど。
恥ずかしいことにとても歩けるような状態じゃなかった俺は、素直に好意に甘えるしかなかった。
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