一幕~日常~

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 「朝比奈 優子さん、どうぞ」    とうとう地獄からのお声がかかった。  もともと大人しい性格の優子は泣き叫びこそしなかったが、足はガクガクふるえ、なかなかソファ席から立ち上がることができない。  母が腕をひいてくる。   「ほら、どうしたの。早く行きなさい」    分かっている。行くしかないのだ。もしも眠っている間に治療が終わったらどんなに気持ちが楽だろう。  すると名前を呼んだ白衣の女性がやってきて、優子の手をそっと握った。   「優子ちゃん、大丈夫よ。あっという間に終わるから。怖くないよ、悪いばい菌をやっつけて歯をきれいにするだけだから」    女性の手は白くて柔らかく、細長い指は優子の小さな手を優しく包みこんだ。  地獄に仏ならぬ、地獄に天使。その歯科衛生士のおかげでようやく治療室に向けて足を踏み出すことができたのだった。
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