序幕~傷~

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「食事はきちんと摂れていますか?」   「はい」   「特に気になることはありませんか?」   「……いまだに、玄関のチャイムが鳴ると動悸がして落ち着かなくなります」   「その時はどうしてます?」   「怖々ドアスコープを覗いて……彼じゃないのを確認できたら何とか出れる時もあります。でも怖くて動けずに玄関まで行けない時もあります」    優子はちらりと自分の左腕を見た。腕時計の下に痛ましい白い無数の線が顔を覗かせている。それはまぎれもなく、自分の声にならない叫びを己の肉体に刻み付けた跡だった。この傷がもう一生消えはしないことを知っている。    医師は優子の視線の先に気付いたが、特にそのことには触れずにカルテにペンを走らせた。
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