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店のテラスで初めて彼を見た時、どこからか安心感のようなものが湧いた。この店にやすらぎを求めにきた同志として、波長があったような気がした。
優子はピオーネの丘と、誠のような真っ直ぐな目をした人間のいるこの街が気に入った。窓から見えるしたたかに生きる木々と、店内を満たす珈琲の香りが、本当の幸せとは何かを問い掛けてきた。そうして洗脳は解けたのだ。
悪夢のような日々と決別し、ここで生活していこうと優子は心に決めた。
※ ※ ※
二度目に誠に会ったのは冬だった。
その時に優子は本当の自分をさらけ出した。理解してもらいたかったのではない。理想を見つめる彼に、現実を突き付けてみたくなったのだ。
優子の予想通り、十本の禍々(まがまが)しいリストカットの線を凝視して誠は固まった。その姿を見ると、自分がこの世から消えてしまえばいいとさえ思えた。
ごめんなさいね、私はあなたの思うような綺麗な存在ではないの。
私は、醜い。
哀しみで息が詰まりそうになりながら雪の中を走り去り、その場から姿を消した。
あれからピオーネの丘には行っていない。
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