切れた糸

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愛子が仕事を終え更衣室から出ると、すでに平井が来ていた。 「じゃあ、行こうか」 愛子は緊張していた。生まれて初めてのシチュエーション。「男」と二人で歩く街並みは、いつもと違って見えた。 「ここでいいかな?」 そこは、先週雑誌に取り上げられた人気のイタリアンレストランだった。 「え? でも……」 店は混んでいた。席が空くのを待っている人も何人かいる。 「大丈夫。入ろ」 平井は微笑むと、自動ドアを抜け店内へと入った。 「予約していた平井です」 「お待ちしておりました。どうぞ」 二人は窓際のテーブルに通された。 「いつの間に予約なんかしたの?」 平井は愛子の問いには答えずにこりと笑った。 「ご注文はお決まりですか?」 平井は慣れた様子でメニューをめくる。 「じゃあ、パスタのコースで。鈴木さんは?」 愛子は文字だけのメニューに一通り目を通したが、料理の名前が難しく値段も高かったので少し戸惑った。 「えっと、同じのでいいです」 「かしこまりました。お飲み物はいかがいたしましょう」 「じゃあ、ワインを。鈴木さんも飲める?」 「ええ」 オーダーを済ませると平井は愛子の顔をじっと見つめた。 愛子はまだ緊張が解けずに視線を落としていた。
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