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動物園の前。
チケット売り場で財布を開く平井に、愛子が言う。
「払うよ」
「いいよ。これくらいは払わせて」
愛子は平井に言われ、財布をしまう。
チケットを平井の手から受けとると、少しの間見つめていた。
「どうしたの? 行くよ」
平井に促され、入口のゲートを抜けた。
愛子の目に、あのときと一緒の風景が広がった。
懐かしい感覚と共に、淋しさに襲われる。
自分から言い出して連れてきてもらっているのに、何も楽しくなかった。
「じゃあ、何から見る?」
平井は愛子の手を取ろうとした。
「あっ!」
平井の手が愛子の手に触れようとした瞬間、その手は跳ねるようにそれをかわした。
「ごめんなさい」
愛子は視線を落とした。
「いや、こっちこそごめん」
二人の間には、気まずい空気が流れていた。
平井は、それをどうにかしようと動物たちを見ては愛子に話しかけ、明るい雰囲気を作ろうと努めた。
しかし、愛子の頭の中は、一人のオカマのことでいっぱいになっていた。
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