my remembrances in sepia.

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私の中には 楽しかった思い出なんてほとんど無い。 父と母の夫婦喧嘩を子守唄代わりに育ち 栄養不足の痩せすぎた身体を隠す為に、夏でも長袖の服を好んで着た。 もらった愛情といえば 私が小学生の時に出ていった父が、去り際にこっそりと渡した私名義の預金通帳。 毎月、少しでもお前の為にお金を振り込むよ。 ごめんなぁ、娘のお前を置いていくこと…許してくれよ。 そう言って、父は玄関を出た。 しばらくその背中を眺めていたけど、角を曲がる直前に父の腕に絡み付いた赤いマニキュアの細い指を見て あぁ、自分は捨てられたのだと妙に納得した。 振り込みは、半年も経たずに途絶えた。 それはそうだろう。 『ブランド好きの泥棒猫』と、母が夫婦喧嘩の最中に言っていたのを聞いたことがある。 父の月給で、赤いマニキュアと付き合うにはそれなりのリスクがある。 その上、私に毎月振り込むなんて不可能だったのだろう。 三万円が一万円になり、五千円、千円。 どんどん私の価値が下がっていくような気がした。 それは、すごく惨め。 だけど、お金のことなんてその時はどうだって良かった。 父が居なくなったその日から、私の地獄は始まっていたから。
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