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僅かな沈黙の後、病室にパシンという乾いた音が響いた。僕は反射的に右の頬を押さえた。 「どうしてそんな事言うの?!あなたは何のために入院してるか分かってる?!その病気を治すためよ!!ご両親が必死で働いたお金であなたはこうやって生きていけてるの、それは幸せなのよ!なのに……、なのにそんな事言っちゃ治るものも治らないわ!!」 笑華は目も鼻も頬も真っ赤にさせて僕に怒鳴りつけた。 クツクツと内側から沸き起こる痛みにも似た怒り。 「ねぇ、笑華良いこと教えてあげるよ。病院側が何故何回も僕には検査するのか……それはね、僕の癌の症状が珍しいからだよ。普通の癌なら数の内、珍しいなら研究の材料。彼等はね、僕が死のうが、生きまいが関係ない。ただ今の薬や治療法を見つけたいだけ。君みたいな綺麗事は嫌いだよ」 願えば、祈れば、頑張れば……それらの言葉はもうシャワーのごとく僕は浴びてきた。 だけどね、知ってるんだ。結局は叶わないこと。 真っ白なシーツから笑華に視線を移すと、大きな目からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちて僕のシーツを濡らしていた。 それでも何か堪えるように唇を噛んでいる。 「……泉は、悲しい人ね」 「別に君に同情してもらおうなんて思ってないよ」 「違うの、あなた凄い悲しい目をしてる。ねぇ、いくつこれまで悲しんできた?……覚えてないでしょう」 図星、だった。 もう数えられないくらいに僕はこれまで涙を流した。 それでも何も得る物はなかったから次第に涙なんか流さなくても平気になった。 その分だけ体が病んだ。  
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