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事の経緯は一週間前に遡る――――――…
◇◇◇
古びた煉瓦造りの町並み、点滅している電灯。
夜空には雲一つなく星が輝いている。
その空の下、一人俺は歩いていた。
気まぐれな俺が一つの場所に留まることは殆どないのだけれど、この場所は思い出深く何かと来てしまう。
まぁ嫌な記憶でしかないのだが。
黒猫の名が泣くかも。
「アスクーっ」
初夏だというのに夜だからなのか少し肌寒いのを感じていると俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
………?
誰だろうか、俺の通り名を知っていても名前を知っている者は少ない。
しかも姿など見せることなどない上に今は目立たないように軽く変装している。
しかも、名前じゃなく"アスク"という愛称で俺を呼ぶなんて奴は極僅かだ。
それだけ少ないのだから大体声や魔力を覚えている。
でもこいつは…どれにも当てはまらない。
こいつ…誰だ?
「…誰だ」
「えー、そんな怖い声ださないでよ」
背後にある気配を感じながら低く威嚇した声をだす。
殺気を向けられた奴はそんな言葉を言いつつも、そんなこと気にもめしてないかのようでなんだか楽しそうだ。
こんなに近付かれていたのにもかかわらず、声をかけられるまで気づかないなんて。
ふざけたような声色だが断言出来る。
こいつ…強い。
スッ
一瞬で数メートル移動出来る無属性の魔術、瞬歩を使って前に跳びながら体を捻り振り返る。
視界に入ったのは一人の細身の男。
声色からして男だとは思ったがやはりそうだった。
淡い茶色の色素の薄い髪に焦げ茶の瞳。
背は俺より少し低いくらいのそいつは、この場には似合わない柔らかい笑みを顔に浮かべ立っていた。
「僕はシャロン、時の魔術師のほうがわかるかな?」
男は自らシャロンと名乗った。
時の魔術師とも。
時の魔術師…聞いたことがある。
神出鬼没でかなり昔から度々発見されてきた生きる伝説といわれる魔術師。
見た目は若い青年だがその年齢は謎に包まれ、不思議な力を使い、時を操る力を持つとされている…のだが、殆どお伽話状態だ。
こいつがその時の魔術師?
嘘としか考えられない。
「俺に何の用だ」
あからさまに警戒しながら薄く殺気を尖らせ聞く。
もしこいつが言ってることが本当なら、伝説とまで言われたこいつが何故俺の名前を知っているのか。
何故話しかけてくるのか。
そもそもこいつは本物なのか。
疑問は消えないが警戒しておいて損はないだろう。
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