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康志は背広を小脇に抱えながら家へと続く緩やかな坂道を登っていく。
閑静な住宅街に遊んでいる子ども達の声が聞こえてくる。
そして夕飯どきの各家庭からは何かを焼いているいい匂いが康志の鼻孔をくすぐった。
「お腹減ったな。」
康志は少し早足ぎみに自分たちの家を目指した。
もう少しで真っ赤な太陽が康志のいる高台から見える街のなかに沈んでいくところだった。
「ただいまー。」
康志は玄関の鍵を開け、少し溜め息混じりに亭主の帰宅を告げた。
しかし玄関から続く廊下はシンと静まり返り薄暗かった。
「ただいま!」
革靴を脱ぎながら今度は家中に聞こえるように大きめに帰宅を告げる。
しかしやはり誰からも返事はなかった。
「買い物でも行ったのかな…」
つぶやきながら康志はネクタイを緩め、廊下を歩いて突き当たりのリビングのドアノブに手をかける。
ガチャリとドアを開いた瞬間、
「パン!」
と乾いた音が響き渡った。
「お誕生日おめでとう!」
部屋の中から拍手とともに威勢の良い祝福のかけ声が康志にかけられた。
しかし当の康志は何が起きたか分からずに目をシロクロさせるばかりだった。
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