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そこは某教室での一連の出来事。
職員室側の壁に試験結果で成績優秀者と成績劣等者の名前が張り出されているからか、この時間帯は教室にいる生徒が少なかった。
少人数のこの教室に俺は佇(タタズ)む。
何気なく窓から見上げれば、そこには深く淡い青空が。
鳥の囀(サエズ)りまで聞こえきやがる。
「ねぇねぇ、あの人って…」
「うん、私知ってる。けっこう有名だよ」
小声で話す女子の会話を聞きながら、俺は再び空を見上げる。
おっと、遅くなったな。
俺の名前はスギーザ・キッケーン。
アメリカ生まれの、ハードボイルドな男。
昔から友人から『スギザ』という愛称で親しまれ、裏の連中からは『キケン』と恐れられている。
「ねぇねぇ、ちょっと声掛けてみない?」
「えー、無理だよー」
ふっ……どうやら無意識に、女子達を魅了してしまったらしい。
まったく、俺も罪な男だ。なぁ、相棒。
俺はポケットの中から魔法少女マリーちゃんのフィギュアを取り出し、彼女を見つめた。
相変わらず、いい目してやがる。
「ほら、優子。あんたが行ってきなさいよ」
「え~…でも~……」
女子達の黄色い声が次第に大きく聞こえてきた。
「ほら優子、あの人に言うんでしょ? 気持ち悪いって」
「…………。……………」
俺の名前はスギーザ・キッケーン。
常に悲しみを背負う、憐れな男さ。
俺はこの教室に留まることに躊躇いを感じてきた。
しかしここで俺が帰るわけにはいかない。
この現場で重要な取引があるからだ。
この日を俺はどれほど待ち侘びたことか。
たとえ女子から気持ち悪いと言われても、俺の断固たる決意は変わらなかった。
この取引、必ずや成功してみせる、と。
じゃないと罵倒される為だけに来たことになってしまう。
生憎(アイニク)だが、俺はそういった性癖はないからな。
十分くらい経っただろうか。
暫く教室で待っていると、小さな気配が俺へと近付くのがわかった。
ふっ……。ようやく来たか。待ち侘びたぜ。
この十分、お陰でずっと罵倒され続けた。
ほんっと待ち侘びたよ。
俺は背後の影に振り向き、ニヤリと笑うと、気配小さき男の名前を口にした。
「さぁ、取引を始めようか――――ムッツリーニ」
相手もまた、ニヤリと笑っていた。
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