第一問

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現在、時間は8時。授業開始前の予鈴までは30分近くある。 その為か、この教室ではまだ生徒の人数は数えられる程度だ。 人が少ない分、声ははっきり聞こえてしまうかもしれないが、内容をきっちりオブラートに包んで会話をすれば、まず周囲にバレることはないだろう。 これから始まるこの教室での取引。 目の前に座る相手は小柄であまり目立たなく、口数が少ない男・土屋康太(ツチヤ コウタ)。 通称・寡黙なる性識者。 人は彼をムッツリーニと呼ぶ。 彼は本名こそ目立ったものではない一般的なものだが、この通り名は別だ。 男子生徒の間では畏怖(イフ)と畏敬を、また女子生徒の間では軽蔑(ケイベツ)と憐憫(レンビン)を以って上げられている。 表では一介の男子生徒として身を潜めているようだが、裏では多くのクライアントから依頼を受け、自らの隠密・密偵の力を武器に盗聴、盗撮を行い、報酬を稼いでいるという。 最近では『ムッツリ商会』として依頼された写真や声を取引し、常連客の間ではその実績もさることながら、実力も申し分ない、最も信頼された存在である。 無論、この俺杉崎鍵も彼に信頼を寄せるクライアントの一人であり、唯一無二の同志と言える。 今回の取引、彼は俺の依頼を快く承諾してくれた。 もっとも、これから行われる取引で、俺の提示する金額で了承を得られるかの話は別だが。
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