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「ところで何か手に持ってないか?」
お父さんが気付いてくれた。
「うん。田んぼの所で蛍を見つけたの」
私は手に持っていた蛍を見せた。
「蛍じゃないか!今時珍しいな」
「え!何?お姉ちゃん蛍見つけてきたの?」
奥の居間から弟がひょっこり出てきた。
「部屋の電気を消そう。母さん、そこのスイッチを切ってくれ」
部屋が暗くなった。
しばらくはよく分からなかったが、目が暗闇になれると光が小さく存在するのが分かった。
「綺麗」
そこにいた皆がそう口にした。
「蛍の住む為の環境が、人間によって壊されて、現在蛍の固体数が減って来ている。だから、紗恵がこの蛍と出会えた事は奇跡かも知れないな」
「お母さん、この蛍、飼っていい?」
「駄目よ。今でさえ環境が変わってストレスを受けているのよ。紗恵が本当にこの蛍が好きのなら、何をするのが一番蛍の為になるか分かる?」
「…元の場所に戻してあげる事」
「そうね。偉い子だわ」
私はこうなるだろうと分かってはいた。それに私も自分のエゴでこの蛍さんを傷つけたくなかった。
私がそう言うとお父さんが口を開いた。
「紗恵は優しい子だな。けれど優しいから自分を押さえ付けてしまう。そんな紗恵を見ていると不安になる。もし紗恵が本当にこの蛍を飼いたければ俺は構わないぞ」
一瞬、胸が踊った。けれどそれは駄目だと思った。
「ううん。もういいの。蛍さんが可哀相だから」
私とお父さんとお母さんと弟で、蛍を見つけた場所にきた。
「蛍さん。私の自分勝手で迷惑かけたね。ごめんなさい」
「俺は思う。蛍の命とそこらにいるダンゴムシの命と何が違う。何も違わない」
「お父さん。もういいの」
私はそう言って蛍を離した。
けれど離した瞬間悲しい気持ちでいっぱいになり、ついには涙が出てきた。
その瞬間、蛍の光がいままでより強く明るくなった。まるで私を励ますかのように。もしかしたら元の環境に戻り蛍が元気になっただけかもしれない。けれど、その時の私は嬉しさで胸がいっぱいだった。
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