そんなことはないらしい

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  遂に高回転域へと達する心臓が、僕の視界をどんどん変えていく。 街灯の周りしか見えなかった風景が、恐るべきスピードで広がっている。   米の命が揺れる音、オーケストラに混ざって一層強く鼓膜を震わせる。 キョロキョロと見渡せば、家がまばらにあるだけで人気はまったくない。   「ウソウソ。ホントはな、お前を待ってたんだよ」   場の空気を変えようとしたのか、あいつは前言をいともあっさりと撤回した。 僕のこの溢れ出そうとしているものに気づいたのか。   いや、そんなワケはない。 こいつはこの僕をからかい、内心で引くほどに腹を抱えているのだ。   それだけではない。 あまつさえ“僕を待っていた”とポロッと本音を吐き出した。 そうだったのだ、こいつは僕のことをいけ好かないやつだと思っているのだ。   嫌いなやつは殺してまで排除しようとするその根性、負けるワケにはいかない。   決心した僕は自分でも驚くほどの落ち着きを取り戻していた。 あれだけ唸っていたエンジンも遅くなり、うるさいぐらいだったオーケストラもどこかへ消えていく。   究極の心理状態と言うものに入ったのだろうか、すべての色も抜けていきデッサンしたような絵になる。 さっきまで風で揺れていたのであろう山の木々も緊張し、顔に当たっていた風も抵抗なく過ぎ去っていく。   「待ってたのか。そりゃ、へぇ、どうも、何でさ?」
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