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その日に発した言葉は、それだけ。 それから僕たちは、夜が明けるまで静寂に身を委ねながら、ほの蒼く光る満月を見上げていた。 次の日の夜も、そのまた次の日の夜も、彼女はやってきた。 ――燃えるように朱い髪を、月光に染めて。 ――青白いけれど、芸術品のように整った顔を、闇の中で輝かせて。 七日経っても、やはり同じく、彼女は木の根本に座り、月を眺めていた。 ――しかしその日、僕たちの間に静寂はなかった。 突然彼女が、独り言のように、こう呟いたのだ。 「……わたしは、暁。――お前の名前も、教えてくれないか」 唐突な、問いだった。 ああ、名を名乗るのか。 と、僕は不思議な気持ちになった。 何しろ、僕には名前を呼んでくれる相手がいなかったから、名乗ったことは一度もなかったのだ。 もちろん凄く驚いたけれど、人間である彼女に少し近付けた気がして嬉しくなったので、 「夜、だよ」 と応えた。 しかし彼女は、首を傾げた。 何故なのか聞いてみると、《夜》では味気ないのだと言うのだ。 そう言っても、僕に名前など他にない。 じゃあ考えてくれと言うと、彼女は少し悩んで、 「……十六夜(イザヨイ)というのはどうだ」 と呟いた。 どうして望月の十五夜でないのかと問うと、彼女は笑ったようだった。 結局理由を聞かせてはもらえず、その後は会話もなくなった。 僕は、人と話すことは初めてだったけれど。 ――凄く、温かい気持ちになった。 そうして僕は、二つ目の名前を得たのだった。
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