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時刻は夜八時半を回っていた。
「ああ、やっと要から解放された」
つい先ほど。ストーカー騒ぎから幾分かの時間が過ぎ、怯え、怒り、動揺しあれこれと言い放つ要をスルー気味に近くの駅まで送りつけ帰宅した無概は、うんざりとした溜め息をしながら玄関のドアを開けた。
「って、……うわぁ」
思わず嫌悪感たっぷりに声を洩らしてしまう。
現在、この家に住んでいる住人は無概と母親だけ。
だが母親が滅多にこの家に帰る事は無く、実質上この家に住むのは無概だけの筈。
その筈の玄関には、ただ今女性用の靴が一足綺麗に置かれていたのだ。
「この置き方はあの人か……」
綺麗に整頓されて置かれた靴を一瞥し、あの母親ではない事に少しばかり安堵し玄関を上がり、すぐ先にあるキッチンへと向かう。
自炊をしない為、ほぼ役目を果たす事の無い部屋に。
「………」
ガチャリと静かに扉を開くと、椅子に腰掛けこちらを不機嫌そうに見詰める女性がいた。
「……、何を呆けた面をしている。
挨拶ぐらいしたらどうだ無概?」
「………、お久し振りです冬空さん」
「ああ久し振りの再開だ。
相も変わらず、しけた面を晒すお前を見れて安心した」
少しの変化
も無く、不機嫌な顔を見せる女性。
その名は冬空七星(ふゆぞら ななほし) 歳は二十代後半。 目付きの鋭くきっちりとした顔立ちに黒のフレームのシンプルな眼鏡をかけ、その素顔と身に付ける、きっちりと着用しているスーツ姿からは冗談は余り通用しない人物だと伺えるだろう。
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