狗飼無概の人生講座 その1-2

2/5
前へ
/22ページ
次へ
時刻は夜八時半を回っていた。 「ああ、やっと要から解放された」 つい先ほど。ストーカー騒ぎから幾分かの時間が過ぎ、怯え、怒り、動揺しあれこれと言い放つ要をスルー気味に近くの駅まで送りつけ帰宅した無概は、うんざりとした溜め息をしながら玄関のドアを開けた。 「って、……うわぁ」 思わず嫌悪感たっぷりに声を洩らしてしまう。 現在、この家に住んでいる住人は無概と母親だけ。 だが母親が滅多にこの家に帰る事は無く、実質上この家に住むのは無概だけの筈。 その筈の玄関には、ただ今女性用の靴が一足綺麗に置かれていたのだ。 「この置き方はあの人か……」 綺麗に整頓されて置かれた靴を一瞥し、あの母親ではない事に少しばかり安堵し玄関を上がり、すぐ先にあるキッチンへと向かう。 自炊をしない為、ほぼ役目を果たす事の無い部屋に。 「………」 ガチャリと静かに扉を開くと、椅子に腰掛けこちらを不機嫌そうに見詰める女性がいた。 「……、何を呆けた面をしている。 挨拶ぐらいしたらどうだ無概?」 「………、お久し振りです冬空さん」 「ああ久し振りの再開だ。 相も変わらず、しけた面を晒すお前を見れて安心した」 少しの変化 も無く、不機嫌な顔を見せる女性。 その名は冬空七星(ふゆぞら ななほし) 歳は二十代後半。 目付きの鋭くきっちりとした顔立ちに黒のフレームのシンプルな眼鏡をかけ、その素顔と身に付ける、きっちりと着用しているスーツ姿からは冗談は余り通用しない人物だと伺えるだろう。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加