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霧で覆われた断崖の地に、夜風が容赦なく吹き付けていた。星ひとつ見えない黒い空に、白い満月がこうこうと輝いている。他に色はない。風に揺られる草木もない。霧に僅かに混じった冷気の粒が、崖を極寒の地たらしめており、ゆえに生き物が暮らすのは困難なのだ。
命の息吹が感じられないこの地は、さながら人々から忘れ去られた荒野だったが、実のところ、ここはとある種族の隠れ里であった。
竜族だ。
肉体を分厚い鱗で覆う彼らなら、過酷な環境下に身を置いても生き延びることができた。
竜族は、切り立った崖に穴を開けて小さな洞窟を作り、その中をそれぞれの住処としていた。中にはあえて決まった住処を持たない竜もおり、そういった竜は空の下で寝ている。もともと竜同士で群れる習性もないので、住処をどうしようと自由なのだが、とある崖の洞窟には、そんな彼らの間でもたびたび話題になる、やや風変わりな子竜がいた。
彼は、洞窟の隅で胡座をかいて、壁にもたれかかっていた。そばで父と母が身体を丸くして眠っていたが、彼だけはどうしても、眠ることが出来なかったのだ。ところで、先ほど彼のことは子竜であると語ったが、面白いことに、彼は人間の姿をしていた。彼の両親は紛れもなく竜であるにも関わらず、だ。
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