前兆

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 その日は朝からしとしとと小雨が降り続き、そろそろ沈むはずの太陽も、雲に隠れてほとんど見えなかった。それは、温暖な気候が特徴の風の国では珍しい光景だったのだが、そこのギルドにある一番隊室で事務作業に没頭していたリュウは、手元の作業に集中し過ぎて、そのことになかなか気付かなかった。  彼がようやく時刻に気付けたのは、手元の書類に一筋の光が差し込んできたときだ。一番隊のメンバー五人が全員座れる大きな机のうち、窓に近い位置で作業していたのが幸いだった。外の景色を見た彼は、いつの間にか、ずいぶんと暗くなっていたことに驚いた。次いで壁掛け時計を確認する。夕方の五時を少し回ったところだった。  手元の書類の処理は、もう少しで終わる。部下たち三人は早めに上がらせておいたが、今日は彼自身も早く帰れそうだ。帰ったら、しばらく寝かせておいたとっておきの酒でも開けようか。そんなことを考えていた彼の思考はしかし、扉が静かに開く音で途切れた。 「あ、リュウ君」 「フローラ? どうした、忘れ物か?」 「ううん、そうじゃないんだけど」  先ほど帰したばかりだったフローラが舞い戻ってきたことに、リュウは少し面食らった。当の彼女は、扉の僅かな隙間から室内へと身体を滑り込ませ、白い膝丈のワンピースを整える。  どうやら走ってきたらしい彼女は、ひどく雨に濡れていた。ハンカチを取り出し、髪や服を拭く。なんとか息を整えてから、話を切り出した。 「さっき、いきなり雨が強くなったからさ。傘、借りようと思って戻ってきたの。置き傘、まだあったよね?」
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