第二章・嵐夜

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さて、陣に帰って子細を聞いた蔡瑁にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。そして二人の嵐を作り出す術者の話も、その怒気にかきけされたのは言うまでもなくて。 「魏延、貴様はこの戦、出陣を禁ずる!!一歩も陣を出るなぁっ!!」 とまあ、結果はこの言葉が全てであった。 しょげつつ蔡瑁の説教を聞き終えた二人の元に、蔡和が走り寄ってきた。 「ごめん、出来るだけやんわりと伝えたつもりだったんだけど…」 「いや、今回は俺らがいけないんだ」 「和、気にしなくていいって。どーせこうなるのは目に見えてたんだし?」 「あー、そうそう、気にしてないから」 そう外には言いつつも、魏延は馬鹿をした自分を呪わずにはいられなかった。陣から出られないのなら戦う機会は防衛戦しか無くなる。 せっかくこの剣を戦で振るえる、それだけを楽しみにしてきたというのに、このままでは嵐の中に置き去りなのである。 蔡和、蔡仲も魏延の性格は周知だ、察しているに違いない。三人はしばらく、黙ったまま歩いた。 やがて、蔡仲が空を見上げ、言った。 「…なあ、魏延…雨だ」 止まない嵐が始まったのだ。 魏延の心中は恐らく、雨のように嘆きに埋まっていただろうが、しかし外の嵐は怒ったように地面を打ち付けた。 こうなると術者がどうのという問題ではない。まず如何にして陣の士気を保つかが問題で、連日の雨は長期戦を強いながらもその為に必要な兵糧の日持ちを悪くした。兵は肩や頭に降りかかる雨粒、足元から忍び寄る水溜まりの冷たさに不平、文句の出ない筈がない。しかし天気に当たるわけにもいかず、蔡瑁はつのる彼らのいらいらをなだめる為に腐心しなければならなかった。 魏延の心を少しだけ慰めたこともある。魏延だけでなく、誰も出陣など出来なかったことだ。相手も動かなかった。魏延は、張羨がこちらの士気が十分下がったところで攻めてくるつもりだろうと思っていた。 相変わらず嵐が強いのは蔡瑁の陣中だけ。張羨の陣に多少の雲もあるものの、あれならそう強い雨が降っているわけでもないだろう。 こうなったらとにかく、蔡瑁に術者の存在を納得させるしかない。魏延は心を決め、蔡瑁のところへ向かった。例え戦に出られなくても、せめて軍として勝ちたかった。
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