第二章・嵐夜

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蔡瑁の策はこうだ…相手とこちら、奇襲によって本陣を入れ換えてしまう。その上で即戦即決、孤立し、疲弊した陣を任せられてしまった張羨を叩く。 張羨の陣には食糧も豊富にある。それを奪いながら、こちらはカビが生えてきそうなくらい湿気にやられた哀れな食糧の詰まった陣を差し出すわけだ。たちまち形勢を逆転させられる。 魏延は心踊らせた。短期決戦を決意した蔡瑁の策は魏延の思うところと一致したのだ。 ただ問題があるとすれば…魏延はまだ、出陣許可が下りていない。 そのことを問うと、蔡瑁は意地悪く笑い、言う。 「お前は出さん、この陣からは絶対にな」 「俺だって奇襲に行かせてくれよ!」 蔡瑁はまだ意地悪く笑う。その表情を見ているとこれは罰などではなく、蔡瑁の気まぐれに付き合わされているように感じて、魏延は不快感をあらわにした。 すると蔡瑁は溜め息をつく。 「まだ、分からんか?」 「は?」 「張羨と戦わせてやる、ということだぞ。どうだ、やりたかろう」 「…え?」 きょとんとする魏延。蔡瑁は今度は怒ったように続ける。 「いいか、魏延、一度しか言わん!我々が狙うのは張羨が期を見計らい、こちらに出陣してきた時だ。しかしすぐに我々の陣の兵の少なさから奇襲に気付かれ、戻ってこられては困るのだ。少しはこの場所に張羨を釘付けにする必要がある」 「…ああ、そうか!それを、俺に?」 「指揮権はやらん。兵卒として死ぬほど暴れろ。張羨の首をとっても構わん。そして死なずに陣を捨て、逃げろ。分かったな!!」 それは震えるほど魏延を喜ばせる一言だ。蔡瑁は小細工なしに、ただ暴れることだけを魏延に求めている。 魏延は力強く頷いた。 蔡瑁ら奇襲隊が出発したのは深夜。魏延は眠れない。不謹慎にも追い詰められればられるほど燃えるタチなので、矢倉に登り、いつ来るかいつ来るかと嵐の中張羨の到来をわくわく待っていた。 それは蔡瑁に指揮を一任された将――残念ながら魏延は興味のない人の名前を覚える趣味はなかった――にも不審に思われた。ただ策謀渦巻く嵐の中に、そうして戦を心待にする兵のいることは、周りの兵をも大いに励ました。 魏延は蔡瑁に目を掛けられているから、残された本陣において「こいつと一緒なら助かるかもしれない」という期待もあったかもしれない。
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