第三章・来訪

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魏延がだらだらと月日を重ねるうち、劉備が劉表の元へ落ち延びてきたという噂が流れた。なんでも劉備は新野にいるのだという。襄陽でだらだら訓練生活を送っていた魏延は、蔡和と蔡仲に呼び出された。 「劉備って人を見に行こうよ!」 快活に言ったのは蔡和。もうそれなりの大人であろうに、飛び跳ねて魏延を急かした。 「…なんか面白いのかよ、そいつ」 魏延の面白いは、戦してくれる、の意味だ。 「そういうことじゃなくて!凄く優しくていい人って噂だよ!」 「そうそう。どーせ魏延、暇だろ?」 乗り気でない顔の魏延を、蔡和蔡仲がせき立てた。仕方なく魏延は、二人と馬に乗り、ゆっくり新野へ向かうことにした。 魏延の馬は、もう先の戦で奪取したあの黒馬ではない。蔡瑁が用意してくれた、気性は荒いが凄まじく早く力強い黒馬で、魏延は黒と呼んでいた。 その手綱を引くと、かの馬はいなないて即座に走り出す。慣性力で魏延の体は後ろに引かれた。その浮きそうになる感覚が好きだ。 しばらく行ってから速度を落とし、後続の蔡和らを待ちながらゆったりと農村の景色を楽しむ。 魏延は疑う術をまだ持たなかった。この場所が曹操に蹂躪されることなど、考えもしなかったのだ。 それでも、平和な時の終わりは近付いていた。 魏延は、新野についたはいいものの、どうすれば劉備なる者が見れるのかと内心疑問に思っていた。しかし蔡和と蔡仲が取り次ぎを願うと、案外すんなりと通されてしまった。 思えば蔡家はこの辺りに影響力のある豪族、更に二人の叔父である蔡瑁は劉表軍の重鎮。劉表に世話になっている劉備としては、蔡和らを無下に追い返すわけにもいかないのだろう。 しかしそう考えると、魏延だけが浮いている。魏延は自分の認識の甘さを次第に恥ずかしく思った。何も考えず、話題も持たずに劉備に会いに行くのはいけないことのように感じられた。 誰から指摘されたわけではないが、その思いから魏延は、劉備に会う直前で引き返した。蔡和と蔡仲に謝ると、反論も聞かず建物を出、新野の城内を見て回ることにした。 やがて日も傾いてきた。 蔡仲と蔡和も帰ったのだろう、帰って今日のことは忘れよう、としたとき。 魏延は唐突に誰かに呼びとめられた。 「やあ。お前、なんで俺に会いに来なかったんだよ?」 男はきさくな笑みを晒した。魏延ははっとした…その男が、劉備であることに気付いたからだ。
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