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うだるように暑い夏の日。黄巾の残党を退治した帰り、劉表配下の武官、蔡瑁は、路上に行き倒れた青年を見つけた。
「…おいお前。大丈夫か」
蔡瑁は気になって、馬を降りて話し掛けた。こじきなど腐るほどいる世ではあるが、そうは見えないほどがっちりした青年の体つきに、他とは違う屈強さを感じたのだ。
すると青年は体を起こし、蔡瑁を不快そうに見上げる。
そしていきなり、口を開いた。
「なんだこの野郎、金寄越せよ」
「…は?」
一瞬、蔡瑁以下話を聞いていた小隊の面々が固まる。
「……貴様…心配してやっているのにその態度はなんだ、あぁ!?」
「誰も心配しろなんて言ってねーんだよ。てめーらが山賊を討伐しちまったもんだから収入源が消えたんだ、責任取って戦利品の半分を寄越せや」
「なんだと?貴様みたいなガキに倒せるような山賊じゃないんだ、妙ないいがかりをつけるな!!」
「それじゃ一騎討ちしよーぜ、勝ったら戦利品寄越せや」
「断る!そんなことをしてやるほど暇ではない、立ち去れ!」
蔡瑁は内心、溜め息をついた。貧相な身なりで、持ち物は竹槍一本。年は二十も数えぬ程度であろう。ど田舎出身の世間知らずとしか思えない。
さっさと帰ろうと再び馬に乗ろうとすると、しかし、青年は殺気立って蔡瑁を睨んだ。
「おいおい帰るなよ、蔡瑁さんよ」
「…!」
てっきり何も知らないガキだと思っていた青年が自分の名前を呼んだので、蔡瑁は驚いて振り返った。
「俺を知っているのか」
「勿論だ。黄巾の残党を始末した帰りだろ?あいつらは俺がずっと狙ってた獲物なんだよ。横取りしたからには半分は俺に払ってもいいだろ」
そう言いつつ、彼は竹槍を蔡瑁に向けた。
「知っての言葉か。無礼にもほどがある…」
「なら斬ってみろよ」
「…」
挑発だと分かってはいたが、蔡瑁はだんだん青年の言葉に引き込まれた。
ここまで大言壮語する男の実力を、見てみたい。根っからの武人の蔡瑁は、そう思わずにはいられなかった。
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