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「…よかろう、一度だけ相手をしてやる。それで諦めるな?」
「おお、やってくれんのか!勿論俺が負けたらさっさと帰るよ!」
青年はまだ勝ったわけでもなかろうに、喜色をあらわに、槍を構える。
それを見た瞬間、蔡瑁は、身震いした。
相手が、本当に求めているのは、自分の命なのではないか。竹槍に染み込んだ血が浮き出てくるように、蔡瑁には見えた。それが相手の殺気に気圧されたのだと知ったとき、彼は自分を恥じずにはいられなかった。
「…先手はくれてやる」
蔡瑁は言って、また彼も剣を抜く。青年は笑った。
「おし、なら遠慮なく行くぜ!」
青年が竹槍を振るった。その素朴な武器では、攻撃の仕方は限られる。先がとがっているだけで、突き以外ではあまり役に立たない。蔡瑁の見立てた通り、青年は踏み込み、槍を突きだす。
「はっ!」
青年の竹槍は空を突いた。横にかわした蔡瑁が、剣を振り上げる。
しかし予想もしない速さで、青年は体ごと蔡瑁にぶつかってきた。あっと言う間に、彼は蔡瑁の懐に飛び込み、突き飛ばす。
彼の竹槍は飾りなのだと気が付いた時には、青年は強烈な蹴りを放っていた。その素早さに、蔡瑁は反応できずもろに食らってしまう。
「くうっ…!」
しかし劉表配下の勇将としては、このままでは終われない。剣や槍には「近すぎる」リーチに持ち込まれたのは失策だが、まだ負けたわけではない。
次の上段の蹴りを身を屈めてなんとかかわすと、一旦後ろに跳躍、距離を取り、次の一手、剣を振り上げ、下ろす。
受けた青年の竹槍がまっぷたつになり、吹き飛んだ。それは予想外だったか、怯んだ彼の首めがけて、剣を突きつける。
しかし蔡瑁は、すんでのところでそれを止めた。つくづく無礼だと思ってはいたが、今の戦いを見ても、彼が豪語するだけの強さを備えていることは感じたからだ。
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