第一章・初陣

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青年は両手を上に挙げ、やるせなさそうに苦笑した。 「…負けたわ」 しかし蔡瑁は首を振る。彼は青年の素質を認めることにした。 「いや、そうでもない。もっとまともな武器を持っていたら分からぬ」 「そうかい?嬉しいけど、俺にはこいつが精一杯だ。両親も死んで、金も無い。武器なんて買えねーや」 「…そうか」 急に蔡瑁は、その青年に哀れみを感じた。このままではこの青年はのたれ死ぬに違いない。武勇以外に何も見るところがないのは、分かる。 しかしその武勇こそが、大きな魅力であった。 「俺の勝ちだから戦利品はやれん、が…働き口なら工面してやろうか」 「…いいのか?」 「ああ。兵卒として仕官しないか。勿論住むところも用意する」 するとしてやったりとばかりに、青年はにやりと笑う。 「そう言うのを待ってたぜ。あんたを狙ってよかった!」 「…最初から仕官先が目当てだったのか?」 「まーな。劉表は文官ばかり集めてるって聞いて、だったらあんたに頼もうと思ってさ」 蔡瑁は苦笑した。そして、ふと沸いた疑問を聞いてみる。 「なら曹操のところにでも行けばよかったではないか?」 すると青年は顔をしかめた。 「嫌いでね。ああいう奴は。まるで俺を見てるみたいだ、あの傍若無人っぷり!」 蔡瑁は思わず吹き出した。何より、あの姦雄曹操と自身を何の遜色もなく比べてしまう尊大さが、気に入ったので。 「そうかそうか。劉備は?」 「あんな、食えないとこはやだね」 「孫権」 「なんかむかつくからやだ」 「劉璋」 「あの蜀の険しい道通れってか!?」 「ならば袁紹はどうだ」 「家柄を鼻にかける奴とはお近づきになれねーんだよ」 ひとしきり青年なりの英雄譚を聞き、笑い苦しんだのち、蔡瑁は改めて言った。 「仕方のない男だ。そこまで言うならうちに仕官しろ。さて…名前は?」 青年は、悪どい、しかし何処か憎めない笑いを浮かべた。 「魏延…字は文長」 こうして、魏延と蔡瑁は出会った。
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