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魏延は結局、蔡瑁の家の隅にある別邸を居住の場所として頂いた。適当に娘を一人、召し使いに貰い、家事は蔡夫人に頼んだ。蔡夫人は少なくとも魏延を歓迎したが、魏延は夫人に、目的の為なら手段を選ばない強さを感じ、少し警戒していた。
召し使いに貰った娘は、名前をなかなか名乗らなかったので、羌族の血が流れていると蔡瑁から聞いて、魏延はなんとはなく羌姫だの羌だの羌娘だの呼んだ。何せ魏延にとっては、初めて出会った羌族の人間だったのだ。
それから紹介されたのは、のちに魏延の親友となる蔡瑁の甥、蔡和と蔡仲だった。二人と魏延は歳も近く、会ってすぐ打ち解けることが出来た。
「俺は蔡仲。こっちは蔡和。宜しくな、魏延」
「おー。宜しくな」
とまあ、その時三人が交した会話といえばその程度であったが。
しかし蔡夫人と違って、この二人になら心を開けそうだ、と魏延は見立てた。
その当時は官渡の戦いの始まる、前年だった。一触即発の空気の袁紹と曹操につられるように、天下の誰もがその情勢を見ていた。
魏延はその時十五あまり。元服したばかりのういういしい青年だった。だからその戦いにもそこまで興味なく、日暮れまで蔡和、蔡仲らと剣術に明け暮れた。とにかく嬉しかったのは、新しい武器がいつでもそばにあること。魏延の世界は、城の中にあった。
そんな調子で、一年。
魏延にとっては短かった。農作業もしなくてよい。大好きな、訓練に従事して有事に備えていればよい。そんな生活が楽しくて楽しくて仕方なく、彼はその一年を物凄く短く感じたのである。
しかしそんな劉表の土地にも、官渡の戦いをきっかけに反乱が起きた。袁紹に援軍を出そうとした劉表に反対し、長沙大守張羨が反旗を翻したのだ。
蔡瑁は鎮圧に当たることになり、主命を受けた日に魏延の元へやってきた。
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