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羌娘が蔡瑁を伴い、魏延の所へ案内してきた。同じ家に住むと言えど、蔡瑁はそういうところにうるさくて、必ず羌娘に取り次いで貰って魏延の住む離れに来るのである。その日は明るい夜であった。
「魏延様、蔡瑁殿をお連れしました」
羌姫は恭しく言って、すぐ下がっていった。蔡瑁は魏延の前に礼儀正しく座り、話を切り出す。
「魏延、張羨の話は聞いているか」
「あー、そういや蔡和が言ってた。長沙で反乱だってな。お前も行くんだろ?」
「ああ。そこで、なんだが…お前、来るか?」
「…俺?」
魏延は胸が躍るのを感じた。ようやくこの力を戦の為に使えるのだ。
その飛び上がらんばかりの喜びをなんとか制しながら、魏延は神妙に頷く。
「行かせてくれ」
蔡瑁はその躊躇いない回答に満足したようで、無言で立ち上がった。それから、部屋から出ていきながら言う。
「では兵卒として、出陣してもらうことになる。…お前はまだ若い。決して無理をするな」
「ああーはいはい。分かってるよ」
「棒読みではないか」
「気のせいじゃないか?」
蔡瑁は溜め息をついた。それから、人指し指を魏延にぴっと向けて、言い放つ。
「いいか、無茶をするようなら次からは連れていかん!分かったな!!」
「仕方ねーなぁ。はいはい、頑張りますー努力します」
「俺は忠告したからな!!」
蔡瑁はふいと顔を背け、大股に部屋を出ていった。羌姫が見送りにとその背中を見ている。
やがて魏延は、蔡瑁がもう声の届かないところに行ったのを確認し、笑いだした。
やっと、夢だった戦場に立てる。農民の出で、戦に翻弄され、戦に両親を奪われた魏延にとって、戦の当事者になることは一種の夢だった。すなわち、戦の中で自分の運命を、翻弄されずに形作ることで、戦に対して復讐を遂げることが出来るような気がしていたのだ。
羌娘の方を向くと、無口な召し使いも少し嬉しそうであった。魏延はひとしきり笑ったあと、収まらない興奮に任せて、羌引き連れて夜の城内へ繰り出した。
そして気の向くまま歩いたあと、帰ってきて、そこからどう感情に収拾がついたか自分にも分からないのだが、いつの間にか彼は寝台の上に眠っていたのであった。
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