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「今はその入れ物でさえ、無くしちゃったから」
手をはなすとガラスのコップは地面に落ちて粉々に割れた。
跳んだ破片が足に刺さり小さな痛みが走った。
「入れ物がないもの。何をしても満たされない感じ」
氷室は割れたコップをしばらく見ていたが、視線を少しずらした。
そして立ち上がった。
あたしに近づいてくると、ちょうど触れ合えるくらいの距離で手を伸ばしてきた。
ビンタでもする気?
「足。ガラスの破片で切ってるぞ」
絆創膏を渡された。
「……」
「心は空っぽ、あるいは空洞になっていると感じるかもしれないが、お前さんが生きている以上、心臓は動いているし血が通ってる。
痛いと感じるのは体が危機を訴えてるからだ。
あんまり自分を苛めるなよ」
それだけを言うと、氷室は早々に食事を済ませて、ほうきとちりとりで砕けたガラスコップを処分した。
(ごめんなさい…)
その一言が、言えずにいた。
「出発は今夜11時でいいな。その時間なら張りこんでる記者もいねえだろ」
「分かった…」
部屋に戻り、ベッドに寝転んで、天井を眺めた。
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