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その日は夢を見なかったからよかった。
楽しい夢は起きた時の落胆が多くて、悲しい夢は気が滅入る。
ましてや、あの事故の夢なんて見ようものなら、枕は涙に沈んでる。
朝を迎えて、自然に目が覚めた。
あたしが起きたのが分かったみたいに、タイミングよくドアがノックされた。
「朝メシできてるぞ。歯ブラシやタオルは、洗面所にあるからそれを使え。新品だから安心しろ」
声だけが部屋の中に届き「わかったわ」と返事した。
備え付けの鏡の前で包帯を解く。
病院にいる時からいつも思っていた――これが夢だったらよかったのに。
新しい包帯を巻いて、鏡を確認する。
醜く変貌した顔を、月の無い夜みたいに真っ暗な瞳が見つめていた。
リビングに向かうと、パンの焼ける匂いとコーヒーの香りが漂っていた。
音も立てずに部屋に入ると、
「おはよう。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
背中を向けたままの氷室に訊かれた。
気配でも読めるのかしら。
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