閉鎖する心

2/22
前へ
/420ページ
次へ
 その日は夢を見なかったからよかった。  楽しい夢は起きた時の落胆が多くて、悲しい夢は気が滅入る。  ましてや、あの事故の夢なんて見ようものなら、枕は涙に沈んでる。  朝を迎えて、自然に目が覚めた。  あたしが起きたのが分かったみたいに、タイミングよくドアがノックされた。 「朝メシできてるぞ。歯ブラシやタオルは、洗面所にあるからそれを使え。新品だから安心しろ」  声だけが部屋の中に届き「わかったわ」と返事した。  備え付けの鏡の前で包帯を解く。  病院にいる時からいつも思っていた――これが夢だったらよかったのに。  新しい包帯を巻いて、鏡を確認する。  醜く変貌した顔を、月の無い夜みたいに真っ暗な瞳が見つめていた。  リビングに向かうと、パンの焼ける匂いとコーヒーの香りが漂っていた。  音も立てずに部屋に入ると、 「おはよう。コーヒーと紅茶どっちがいい?」  背中を向けたままの氷室に訊かれた。    気配でも読めるのかしら。
/420ページ

最初のコメントを投稿しよう!

746人が本棚に入れています
本棚に追加