10月の烏

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目の前で、サラリーマンがコケた。 下り階段を一段踏み外したのだ。慌てて手摺に伸ばした左手も届かず、見事に尻もち。うわ、痛そうだ! 今夜は雨が降っている。段差の多いI駅の構内はいつもにも増して足元が危うい。 ホームに向かうと、ピッタリ電車が入ってきたところ。 小走りで階段のラスト数段を降りると、またもや目の前で、若い女性が滑った。……あれは相当捻ったな。 高校生の頃、階段から落ちて足首の靭帯を傷めた瞬間を思い出した。思わず目を逸らす。 電車に乗り込み、七分。 乗換駅の雑踏の中で、酔っ払いが転倒。 さらに、その隣のお母さんに手を引かれた小さな女の子もコケて、大泣き。 ……ちょっと待て。 なんだ、これは? もしや、今夜は足元が悪いから、よほど注意していないとこういうことになるぞ、と神様が警告してくれているのだろうか? ふと、自分の靴を見る。 履き古して底のゴムも磨り減ったベタ靴。濡れた床との相性は最悪だ。 そうかー! 危ないところだった!! 親切な神様ありがとう!! 乗換えた電車から降りる。 Y駅の構内を抜ければ、家の前へ直行のバス乗り場だ。 二カ所の階段をどちらも無事に通過し、バスを待つ。 おっと、確か乗り口のステップも危なかったな。 無事、バスに乗車して20分。 うとうとしていたらあっという間だ。 バスを降りると、まだ雨が降っていた。 ジャンプ傘を開き、コンビニの前を通ってマンションの玄関に入る。 傘と足の裏の水気を切り、階段を上り、ご近所さんのドアの前を次々と通り過ぎる。 今夜は四人の犠牲のおかげで、無事に帰りつけるってもんだ。 どん詰まりの一歩手前、影になっている扉が自宅の―― 右足の裏と床が擦れる甲高い音。 一瞬前に踏んでいた床が、後頭部に激突した。 銀色の粉が天井近くにたくさん浮かんだ。 なんだこれは。 結局…… ……もしこれ以上アタマが悪くなったら、この日の無慈悲な神様のせいにしよう。 『受け止め方、変遷』   09/10/06
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