5人が本棚に入れています
本棚に追加
目の前で、サラリーマンがコケた。
下り階段を一段踏み外したのだ。慌てて手摺に伸ばした左手も届かず、見事に尻もち。うわ、痛そうだ!
今夜は雨が降っている。段差の多いI駅の構内はいつもにも増して足元が危うい。
ホームに向かうと、ピッタリ電車が入ってきたところ。
小走りで階段のラスト数段を降りると、またもや目の前で、若い女性が滑った。……あれは相当捻ったな。
高校生の頃、階段から落ちて足首の靭帯を傷めた瞬間を思い出した。思わず目を逸らす。
電車に乗り込み、七分。
乗換駅の雑踏の中で、酔っ払いが転倒。
さらに、その隣のお母さんに手を引かれた小さな女の子もコケて、大泣き。
……ちょっと待て。
なんだ、これは?
もしや、今夜は足元が悪いから、よほど注意していないとこういうことになるぞ、と神様が警告してくれているのだろうか?
ふと、自分の靴を見る。
履き古して底のゴムも磨り減ったベタ靴。濡れた床との相性は最悪だ。
そうかー!
危ないところだった!!
親切な神様ありがとう!!
乗換えた電車から降りる。
Y駅の構内を抜ければ、家の前へ直行のバス乗り場だ。
二カ所の階段をどちらも無事に通過し、バスを待つ。
おっと、確か乗り口のステップも危なかったな。
無事、バスに乗車して20分。
うとうとしていたらあっという間だ。
バスを降りると、まだ雨が降っていた。
ジャンプ傘を開き、コンビニの前を通ってマンションの玄関に入る。
傘と足の裏の水気を切り、階段を上り、ご近所さんのドアの前を次々と通り過ぎる。
今夜は四人の犠牲のおかげで、無事に帰りつけるってもんだ。
どん詰まりの一歩手前、影になっている扉が自宅の――
右足の裏と床が擦れる甲高い音。
一瞬前に踏んでいた床が、後頭部に激突した。
銀色の粉が天井近くにたくさん浮かんだ。
なんだこれは。
結局……
……もしこれ以上アタマが悪くなったら、この日の無慈悲な神様のせいにしよう。
『受け止め方、変遷』
09/10/06
最初のコメントを投稿しよう!