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「昨日はお気に入りの曲をエンドレスで聴きながら、フワフワ歩いて帰っちゃった」
「へえぇ。え、どこまで歩いたんですか?」
「うーん……3時間くらい? 気がついたら見知らぬ街ってやつ。あはは」
君がそんなことを言うものだから、気になってしまったじゃないか。
たった1分半のその曲の魔力、麻薬的な力が。
私は、CDを借りるとイヤホンを耳に捩込んで、プレイヤーの電源を入れた。
……おずおずとした、微かな電子音が落ちてくる。
その薄闇の向こうから、一気に迫り来るSOSのような波形に思わず目を閉じると、一瞬の静寂。
急に眩しい光に包まれたのを感じて目を開けると、そこはダンス・サウンドのようなサイバーなリズムをエンジンに仕込んだ、ガラスの船。彼方には、宇宙空間に純銀の檻が浮かび、中からは危難を知らせるモールスが絶え間無く発信されている。
枯れた木を裂き割るような裏拍のハイ・ハットが眼前に無慈悲に立ち塞がり……やがて電信は、私の頭の中で直接響き始めた。
ふと見ると、すぐ横にメタリックな鈍色のワンピースを着た少女が立っている。滑らかな服、その表面には原色のサーチライトが乱反射し、膝下まである裾と肩くらいの長さの灰色の髪が、吹き荒ぶ風になぶられているかのように靡いている。
私は、彼女と同じ風に吹かれていないことに気付き絶望すらし、4拍ほど躓きよろめいた。
すると、にわかに正確無比なフォー・ビートが私を環状に取り囲み、罪人のように責め立て始めた。
重低音が鼓膜をビリビリと震わせ、飛び回るメロディは微かに粘り気を帯びている。
たった一回、DがCisに変わっただけでこれほどのショックを受けるとは……我ながらテンションが高い。
電子回路がチリチリと焦げついたような、儚くも鼻をつく火花を明滅させ……1分半が経った。
いや、3時間だった。
やられた。
明日君に会ったら、どうやって抜け出したのか尋こう。
あの船から。
私の頭の中には、まだモールスが鳴り響いている。
『某映画サントラ幻想』
09/08/28
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