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「去年の夏に直正が、夜中に私の部屋入って来たんです」
翠婦人の顔は次第に険しくなり、興奮し始めたのが、こちら側からも見て取れた。
「それで、突然私に抱き付いてきたんです。
私は必死で振り払って逃げました。
部屋を出て廊下まで逃げた私を後ろから捕まえて、あの男は耳元でこう囁いたんです。
『どうせ、金の為の結婚なんだろ?』とか『酔ってた事にすれば、俺自身は大丈夫なんだよ。今まで酒癖悪いふりをしていたんだから』とか『オヤジには黙っていてやる』と……」
翠婦人は両肩を両手で押さえ、嫌悪感を顕にした。
本当に少し震えている。
僕にはそれが、怒りからか、恐怖からかは判断し兼ねる。
「結局は騒ぎに気付いて、執事の岩元が起きて来ましたから、大事には至りませんでしたが……
翌朝その事が主人の耳に入ると、それはもうわざとらしく謝るのです」
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